東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1650号 判決 1969年1月30日
控訴人(原告)
ザ・フェデラル・インシュアランス・コンパニー・リミテッド
代理人
小林一郎
被控人(被告)
大阪商船三井船舶株式会社
代理人
大橋光雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実<省略>
理由
一請求原因第一項(一)の事実および汽船うめ丸が一九五九年(昭和三四年)一一月一九日モンロビヤ港に到達し、本件運送品が同日と翌二〇日に、同港埠頭で荷揚げされたことは当事者間に争がない。
二<証拠>によると、リベリアンはロイズ検査員に右運送品の検査を依頼し、同検査員が同年一一月二〇日、同年一二月一〇日および一九六〇年一月二五日の三回にわたつて検査を行つた結果、右運送品のうちのジプサムタイル九一三箱の一五%がこわれて使用に耐えないものになつており、プラスター一〇袋が全部滅失していることが判明した事実が認められる。
三被控訴人がベルサニーに交付した本件船荷券上に、本件運送品に関する紛争については、日本法が適用される旨の条項があることは、当事者間に争がない。
四前記ジプサムタイルの損傷が運送人たる被控訴人の債務履行中に生じたことの立証責任について。
1 <証拠>によると、本件船荷証券の約款第四条に、運送人の責任について「索具より索具まで」という趣旨の定めがされている事実が認られる。この条項は、運送人たる被控訴人は、法第三条に定められた運送人の債務たる運送品の受取、船積、積付、運送、保管、荷揚および引渡の各債務のうち、船積終了後、荷揚開始前までについて責任を負い、船積終了前、荷揚開始後については責任を負わない約旨のものと解され、法第一五条三項・四項によれば、この条項は法第三条の規定に反するに拘らず有効とされ、また、右特約は船荷証券に記載されているのであるから、被控訴人はこれをもつて船荷証券所持人のリベリアンに対抗することができるわけである。
2 運送人の、運送契約上の債務不履行を原因とする損害賠償責任に関する一般原則によれば、運送品の損傷が運送人の債務履行中に生じたことの立証責任は、債権者の側にある、と解すべきであるから、この一般原則からすれば、本件ジプサムタイルの前記損傷が船積終了後、荷揚開始前に生じたこと、換言すれば、損傷が船積終了前、荷揚開始後に生じたものではないこと、を控訴人において立証すべきこととなる。なおこの点について法第四条の規定は関係がない。すなわち、同条は運送人がその債務を履行する際の注意義務に関する立証責任を定めたもので、損害が右債務履行中に生じたことの立証責任の問題と直接の関係はない。
3 ところで、控訴人は、被控訴人が本件船荷証券に本件運送品が「外部から認められる良好な状態」で船積みされた旨記載したのは、船積みの際に運送品の外装が良好な状態であつたことを承認したことになるのみならず、運送品自体、つまりその中身も良好な状態であつたことを承認したことになる旨主張するが、法第三条第一項三号にいう「外部から認められる運送品の状態」とは、包装された運送品については、包装(荷造り)が運送品を目的地まで安全に運送するのに耐えうる程度の状態にあるかどうか、をいうものと解すべきで、それ以上に外部から認識することのできない運送品の中身の状態までもいうものではなく、もとより運送人は包装を開披してまで中身の状態をたしかめてみる、というような義務を負うものではない、と解すべきである(もつとも包装品の場合でも、船積の際などに、異様な音や臭気がするとか、包装にしみが出ているとか、などの特別の徴候があつて、中身の状態が或る程度察知される場合がないとも限らないが、控訴人は本件の運送品(シプサムタイル)について、荷揚の際に、包装を開披しなくとも、中身の損傷を察知しうる異常な状態があつたことを主張しているわけではないから、本件については、かかる特別の場合について問題とする必要はない)。そして、本件のジプサムタイルが、波形ボール板で包装され、更に藁に包まれ、新しい板で造つた隙箱に入れられていたことは当事者間が争がない。したがつて外部からタイルの中身の状態を認識することは不可能であつたと認められるから、本件の船荷証券に、外部から認められる運送品の状態について「良好」と記載されているのは、右のジプサムタイルの包装が、ジエノア港からモンロビヤ港まで安全に運送するのに十分な状態にあることを承認したに止まり、それ以上に中身のタイル自体が良好な状態にあつたことまで承認した趣旨のものではない、と解すべきである。そして、前記のロイズ検査員の検査報告書(甲第五号証)には、右ジプサムタイルが、検査の行われた倉庫その他の場所に持込まれた際における荷造の外部の状態について「外観異常なし」と記載されており、成立に争のない乙第一四号証によると、モンロビヤ港においてリベリアンの計算と危険において本件運送品を受取り、保管したモンロビヤ港湾管理株式会社が被控訴人にあてて発行の倉庫受取証には、本件運送品プラスター一〇袋のほかは「外見上良好な状態で受取られた」と記載されている事実が認められるから、本件ジプサムタイル九一三箱の荷揚時における外部から認められる状態は、船積時におけると同様に「良好」な状態にあつたと認むべきである。したがつて、被控訴人は船荷証券上の右の記載に関し何らの責任を負うべきいわれがないわけである。
4 よつて、控訴人は、前記一般原則にしたがつて、本件ジプサムタイルの損傷、滅失が船積後、荷揚前に生じたことを立証すべきところ、控訴人は、ジプサムタイルの前記損傷は、荷揚時において既に生じており、リベリアンが一九五九年一一月二〇日に被控訴人にこれを通知した、そして被控訴人は原審においてこの通知の事実を自白した、と主張するので、(い)まず、被控訴人がそのような自白をしたかどうかについて調査するに、控訴人主張の右自白は、被控訴人が、控訴人の訴状第二項(4)「荷受人リベリアンは被告に対し一九五九年一一月二〇日本件積荷のタイルに損傷あることを通知した」との主張に対し、昭和三六年四月八日提出の答弁書(原審第二回口頭弁論において陳述)によつて「同訴外人より通知ありたることの大筋は認める」との答弁をしたことを指称するもので、右事実は記録により明かであるが、控訴人の右主張の中には、損傷の「概況」に関する主張がなく、通知の要件の主張として十分とはいえないから、仮りに右主張を認めたとしても、法一二条所定の効果を伴う事実の自白とはいえないし、被控訴人の右答弁書には、右の記載に引きつづいて「但、通知内容につき、原告の詳細なる主張を求める」と記載し、控訴人より通知の要件事実につき補充の主張がなされることを期待し、それがされるまで確定的な答弁を留保したと見ることができるから、控訴人が指摘する被控訴人の前記答弁をもつて通知の要件の一部を自白したものと解することもできない。(ろ)そこで、次に、ジプサムタイルの前記損傷が荷揚時に既に生じていたかどうか、および右損傷について適法な通知がされたかどうか、の点について証拠上の判断をする。成立に争のない甲第三号証によると、モンロビヤ港における被控訴人の代理店のパターソン・ゾツチヨニイズ・エンド・カンパニー・リミッテッドが、リベリアンに対し、同人に宛てた一九六〇年二月一二日付書面で、リベリアンからの本件ジプサムタイルに関する同年同月一〇日付損害通知書(乙第一号証)を受取つたことを確認するとともに「陸揚のときに損害があつた旨当方に記録されている」と報告した事実が認められる。しかし、損害の程度、態様などは示めされていないのみでなく、<証拠>によると、被控訴人が昭和三六年七月頃モンロビヤ港の右代理店に対して前記甲第三号証の記載内容の真否について照会したのに対し、右代理店は、当方に荷揚時において損傷の記録はなく、リベリアンに対して前記のような報告をしたのは了解に苦しむ、という回答をした事実が認められるので、前記甲第三号証のみによつて荷揚時に損害が生じていたことを認めるのは早計である。また前記のロイズ検査員の損害報告書(甲第五号証)には、本件ジプサムタイルの「完全な損傷は約二割であるが、その約五分は保険期間終了後、すなわち荷受人の倉庫における取扱によつて起つたものと推定する」と記載されており、これによれば同検査員は、残余の約一割五分の損傷は倉庫に入れられる以前に生じていたと認定したものと解されるが、この認定には納得するに足る客観的な根拠が示めされていないのみでなく、同検査報告書には右損傷の原因は不明という記載(八項(b))もあるので、同検査員の右の認定をそのまま信用するには躊躇せざるをえない。更に右損害検査報告書には、本件ジプサムタイルが破損していることについて、荷受人が一九五九年一一月二〇日に運送人に通知したと記載(九項(d))されているが、その通知の内容は示めされておらず、他方前掲乙第一号証(上部二行のほかは成立に争がない)によると、リベリアンが被控訴人の前記代理店に対し、一九六〇年二月一〇日付書面で、「本件ジプサムタイルが損傷、滅失している(損傷の数量および概況についての記載はない)こと、これについて被控訴人が運送人として責任があること、右ジプサムタイルがロイズ検査員によつて検査される(検査の日について記載なし)ので、右代理店の立会を求めること、」を通知した事実が認められ、前掲の乙第一三号証によると、本件ジプサムタイルの損害について、リベリアンから右代理店に対し通知がされたのは右の通知がはじめてのもので、それ以前には何等の通知がなかつたことが認められるので、ロイズ検査員の前記報告書中の損傷通知の日の記載にも、にわかに信を措き難いのである。以上によれば、本件ジプサムタイルの損傷、滅失について、それが荷揚時に既に生じていたこと、およびリベリアンから被控訴人に対し受取の際もしくは受取の日から三日以内にその通知がなされたことについて、これを認めるに足る確たる証拠がないといわざるをえず、リベリアンから被控訴人に対し右ジプサムタイルの損傷の「概況」について通知がなされたことについては、主張も立証もないのである。
他に右ジプサムタイルの損傷滅失が船積後、荷揚前に生じたことを立証すべき資料はない。
五よつて、控訴人の、右ジプサムタイルに関する本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきであるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条の規定により主文のとおり判決する。(小川善吉 松永信和 川口富男)